男性にも「35歳の壁」はあるのか:精子の加齢と子どもへのリスクを論文で検証
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妊娠・出産の年齢リスクは女性だけの話ではありません。男性の初婚の約2割は35歳以降で(厚労省「人口動態統計」2024年)、その年代から精子の質は連続的に下がり、父親の年齢が上がるほど流産や子どもの発達への相対リスクも上がることが複数のメタ分析で示されています。ただし崖ではなく緩やかな坂で、絶対リスクは小さいままです。
「年齢の話は女性だけ」になっている
婚活で年齢が話題になるとき、名指しされるのはほぼ女性です。「35歳の壁」という 言葉も女性に向けて使われ、男性側は「いつでも子どもを持てる」と扱われがちです。 けれども不妊の原因を見ると、男性のみが約4分の1、男女双方が約4分の1で、不妊の約半分には男性側の要因が関わっています※2。しかも男性の初婚の22.4%は35歳以降に起きており※1、35〜39歳男性の33.3%が未婚です。相手の男性が35歳以上という 状況は、婚活ではむしろ普通です。この記事では「男性の年齢は関係ない」という 通説を、査読論文の結果だけで順に確かめます。
出典: 厚労省 人口動態統計(2024年)・総務省 国勢調査(2020年)(e-Stat のデータを加工して作成)
精子の質は加齢で下がる:約9万人のメタ分析
90研究・約9万人を統合したメタ分析(Johnson ら、2015年)では、加齢に伴って 精液の量や精子の運動率など質に関わる主要な指標が一貫して低下することが 示されています※3。妊娠のしやすさを直接調べた英国の約8,500組の調査(Ford ら、2000年)でも、 女性側の年齢などを調整したうえで、12ヶ月以内に妊娠に至るオッズは男性が24歳を過ぎると1年ごとに約3%低下していました。1年で3%は小さく見えますが、10年で約26%の低下に相当します。 女性の卵子のように「何歳で急に」という崖はなく、坂道が続く形です。
出典: Johnson ら (2015)・Ford ら (2000)(詳細は参考文献)
子どもへのリスクも父親の年齢で上がる
子どもの側への影響も研究が蓄積しています。子どもに新しく生じる突然変異は父親の 加齢1年ごとに約2個ずつ増え※4、メタ分析では、父親が40〜44歳の場合の自然流産のオッズは若い父親の約1.23倍、 45歳以上では約1.43倍(du Fossé ら、2020年)、自閉スペクトラム症のリスクは 父親の年齢が10歳上がるごとに約21%上昇(Wu ら、2017年)と報告されています。いずれも相対リスクの話で、絶対リスクは小さいままです※5。過度に恐れる必要はありませんが、「父親の年齢は子どもに影響しない」という 前提はデータと合いません。
| 何が | 男性の年齢 | 結果 | 研究 |
|---|---|---|---|
| 12ヶ月以内に妊娠に至るオッズ | 男性24歳以降、1歳ごと | 約3%ずつ低下(女性側の年齢などを調整後) | Ford ら(2000年)約8,500組 |
| 精液量・運動率・正常形態率 | 加齢とともに連続的に | 一貫して低下(精子の濃度は低下せず) | Johnson ら(2015年)90研究・約9万人 |
| 子どもに新しく生じる突然変異の数 | 父親の加齢1年ごと | 約2個ずつ増加 | Kong ら(2012年)親子78組 |
| 自然流産のオッズ | 父親40〜44歳 / 45歳以上 | 若い父親の約1.23倍 / 約1.43倍 | du Fossé ら(2020年)メタ分析 |
| 自閉スペクトラム症のリスク | 父親の年齢が10歳上がるごと | 約21%上昇 | Wu ら(2017年)メタ分析 |
| 体外受精の生産率(女性35〜39歳) | 男性35歳未満 / 40歳以上 | 27.0% / 22.9%〜18.8% | Datta ら(2024年)約6万周期 |
| 卵子提供周期の流産率 / 生産率 | 男性45歳超 / 45歳以下 | 23.8%対16.3% / 35.1%対41.0% | Guglielmo ら(2025年・学会抄録) |
出典: Kong ら (2012)・du Fossé ら (2020)・Wu ら (2017)・Datta ら (2024)・Guglielmo ら (2025・学会抄録)(詳細は参考文献)
体外受精でも男性の年齢が結果を動かす
「いざとなれば体外受精」と考える場合も、男性の年齢は無関係ではありません。 英国の約6万周期の体外受精の解析(Datta ら、2024年)では、女性が35〜39歳のときに限って、男性が40歳以上だと生産率が下がるという結果が出ています(男性35歳未満で27.0%に対し、40歳以上の群では22.9%から 18.8%)。女性が35歳未満なら卵子側の余力が男性側の影響を覆い、40歳を超えると 女性側の影響が大きすぎて差が見えなくなる、と解釈されています。卵子提供の 1,712周期で卵子の年齢の影響を取り除いた解析(ESHRE 2025 学会抄録)でも、 男性が45歳超だと流産率23.8%対16.3%、生産率35.1%対41.0%と差が出ました※6。女性側の年齢とリスクの関係は 35歳女性の婚活の記事 で扱っています。
出典: Datta ら (2024)・Guglielmo ら (2025・学会抄録)(詳細は参考文献)
婚活での意味:年齢条件は男女のどちらにも効く
ここまでの結果を婚活に引き直すと、含意は男女で対称です。女性側から見れば、 子どもを望むなら相手男性の年齢も条件の一つとして扱う根拠があり、 「年上の相手ほど選ばれやすいから」と年齢上限を無条件に広げるのは妊娠・出産の 面では得策ではありません。男性側から見れば、「男はいつでも結婚できるし、 いつでも子どもを持てる」の後半はデータで否定されます。前半(結婚しやすさ)は 35歳男性が結婚できる確率の記事 で未婚率から確かめていますが、こちらも「先送りの余裕がある」という結論には なりません。年齢を条件に入れるなら、相手にも自分にも同じ物差しを当てるのが、統計と医学の両方に整合する態度です。
結論:男性にも年齢の坂はある。崖ではないが、無いわけでもない
男性に「35歳の壁」のような明確な限界年齢はありません。ただし精子の質は連続的に 下がり、父親の年齢が上がるほど流産や子どもの発達への相対リスクは上がり、 体外受精の結果にも男性の年齢が影響します。卵子の加齢は広く知られる一方で精子の 加齢はほとんど語られないという情報の非対称性が「男はいつでも」説の土台に なっていますが、男性に生物学的なタイムリミットが一切ないという通説はデータと合いません。年齢の話を女性だけに向けるのは、統計的にも医学的にも片手落ちです。自分の 年齢が婚活市場のどこにあるかは 年齢偏差値ツール で男女とも同じ式で確認できます。
男性の年齢と妊娠・出産についてよくある質問
- 男性の妊娠させる力(妊孕性)は何歳から下がりますか?
- 女性のような明確な限界年齢はなく、連続的に下がります。約9万人を対象にしたメタ分析では精液量・運動率・正常形態率が加齢とともに低下し、英国の大規模調査では12ヶ月以内に妊娠に至るオッズが24歳を過ぎると1年ごとに約3%下がると報告されています。
- 父親の年齢が高いと子どもへのリスクはどのくらい上がりますか?
- メタ分析では、父親が40〜44歳だと流産のオッズが約1.23倍、45歳以上で約1.43倍、自閉スペクトラム症は父親の年齢が10歳上がるごとにリスクが約21%上がると報告されています。いずれも相対リスクで、絶対リスクは小さいままです。
- 女性が婚活で相手男性の年齢を気にする必要はありますか?
- 妊娠・出産を考えるなら、相手の年齢も条件の一つとして扱う根拠があります。英国の約6万周期の体外受精の解析では、女性が35〜39歳のときに男性が40歳以上だと生産率が27.0%から22.9%〜18.8%に下がっていました。年上の相手ほど選ばれやすいからと年齢上限を無条件に広げるのは、この面では得策ではありません。
- 男性側が年齢のリスクに対してできることはありますか?
- 確実なのは、子どもを望むなら時期を先送りしないことです。精液の状態は精液検査で確認でき、不妊の原因の約半分には男性側の要因が関わるため、検査を女性側だけに任せない姿勢も重要です。個別の判断は生殖医療の専門医に相談してください。
注記
- ※1「その歳以降に起きる初婚の割合」は、厚労省「人口動態統計」の平均初婚年齢に正規分布(男性は標準偏差5歳)を当てはめた本サイトのモデルの上側確率です。実際の分布は右に裾が長いため、高年齢側ほど粗い近似になります。
- ※2WHO の調査では、不妊の原因は女性のみ41%・男性のみ24%・男女双方24%・原因不明11%と報告されています(日本生殖医学会 生殖医療Q&A)。男性のみと双方を合わせた約半分に男性側の要因が関わる計算です。
- ※3Johnson ら(2015年)の90研究・約9万人のメタ分析。低下が一貫して確認されたのは精液量・運動率・正常形態率で、DNA が損傷した精子(DNA断片化)の割合は増加します。一方、精子の濃度については加齢による低下は確認されておらず、すべての指標が悪化するわけではありません。
- ※4Kong ら(2012年)がアイスランドの親子78組の全ゲノム解読で示した結果。精子は生涯分裂を続ける細胞から作られるため、加齢とともに複製エラーが蓄積するという機序で、新規変異の数は母親ではなく父親の年齢でほぼ決まっていました。
- ※5ここで挙げた数字はいずれもオッズ比・相対リスク(何倍になるか)であり、もともとの絶対リスクが小さい事象では、上昇したあとの確率も小さいままです。また流産や発達障害はいずれも多くの要因が関わる事象で、父親の年齢はその一因にすぎません。大半の妊娠・出産は父親の年齢によらず問題なく経過します。
- ※6Guglielmo らによる ESHRE 2025 の学会抄録(後ろ向き解析)で、査読を経た論文としては未出版です。卵子提供周期を使うことで卵子側の年齢の影響を取り除いた設計に意味がありますが、数値は今後の論文化の過程で変わる可能性があります。
参考文献
- 厚生労働省「人口動態統計」(平均初婚年齢)
- Johnson SL ほか (2015) Consistent age-dependent declines in human semen quality. Ageing Research Reviews
- Ford WCL ほか (2000) Increasing paternal age is associated with delayed conception. Human Reproduction
- Kong A ほか (2012) Rate of de novo mutations and the importance of father's age to disease risk. Nature
- du Fossé NA ほか (2020) Advanced paternal age is associated with an increased risk of spontaneous miscarriage. Human Reproduction Update
- Wu S ほか (2017) Advanced parental age and autism risk in children: a systematic review and meta-analysis. Acta Psychiatrica Scandinavica
- Datta AK ほか (2024) Livebirth rates are influenced by an interaction between male and female partners' age. Human Reproduction
- Guglielmo MC ほか (2025) Advanced paternal age affects miscarriage and live birth outcomes in oocyte donation cycles. ESHRE 2025 学会抄録
- 日本生殖医学会 生殖医療Q&A「不妊症の原因にはどういうものがありますか?」
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出典: 政府統計の総合窓口(e-Stat)(https://www.e-stat.go.jp/)の各種統計を加工して作成。本記事の数値は e-Stat 等のデータを加工して算出した参考値であり、政府の公式見解・試算を示すものではありません。 各統計の年次・取得日はデータソースに掲載しています。